コロナ禍一時帰国2021年秋 〜フライト編〜

コロナ禍一時帰国2021年秋
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2021年10月後半から11月初旬にかけて、1歳半の娘とオーストリア国籍の旦那と一緒に日本に一時帰国しました!

ちなみに著者は当時妊娠7ヶ月でした。安定期ではありますが娘を長時間抱っこすることは難しい状態でしたので、旦那に着いてきてもらうことは必須でした。

めちゃくちゃつかれました。

ちなみに出発前日に洗濯機が壊れるというトラブルも発生しました!

(まだ現在進行で壊れてるよ)

一時帰国が決まるまで

「一年に一度は日本に帰国する」というのは、わたしがオーストリアに住むことになったときに旦那と話し合って決めていたことでした。しかし、コロナウィルスを取り巻く現状を鑑み、2021年の一時帰国については後回しになっていました。

実は夏頃に両親に一時帰国について相談したのですが、その頃日本の感染者数が爆発的に増え、医療破綻などが騒がれていた時であったこともあり、「今は帰ってくるな」と強く言われてしまったため、2021年の一時帰国は正直諦めていました。そのため休暇を会社に申請したときには日本への一時帰国は考えておらず、適当に10月後半に2週間の休暇を取ることにしました。

その後、10月に入ってから日本のコロナ感染状況が改善したたため、両親から「やっぱり帰ってこい」と許可が出たため、急いでフライトの予約や必要諸手続きを行いました。

直前には何と娘が気管支炎に!ギリギリ熱は下がりましたが…
家庭内プチパンデミックもありかなりバタバタした中での準備となりました。

休みを2週間しか申請していなかったこともあり、フライトの値段とも相談して日本滞在は10日間。

フライトはヘルシンキ経由の便で、大人700ユーロ×2に小児運賃の70ユーロで計1500ユーロほど支払いました。前もそうだったのかわかりませんが一番安いプランでは預け荷物が含まれておらず預け荷物のついた少し高いプランになりました。
でもこのプランは大人1人につき25kgの荷物が2つも預けられるんです(!)。私としては1つの手荷物でいいからもう少し安いプランを作って欲しい〜。でも航空会社の事情が色々あるんでしょうね。

フライトについて

冒頭にも書きましたとおり、とにかく疲れました。

2020年にも娘と一時帰国をしたのですが、その頃はまだ娘は生後半年で、自分で歩けるわけではなく、おっぱいを与えていたら比較的大人しくよく寝てくれたので、自分一人でしたがどうにか対応できました。

今回は旦那の助けを借りましたがそれでもいっぱいいっぱいという感じ。コロナの影響で幸いにも飛行機内が空いていたので、たくさん座席を確保できたのですが、やはり1歳半の子どもにとってじっと座っているというのは難しいようです。お菓子、シールブック、絵本は持っていきましたがすぐに飽きてしまいました。何度通路を往復したことか。。。乗客の皆さんには大変ご迷惑をおかけしました。

特に大変だったのは離着陸のとき。どうしてもじっとしていなければならないのですが、やはり動きたがるので、暴れる娘を制御するのが大変でした。そんなときはチョコ系のお菓子を与えると、なくなるまではじっと食べていました。このフライトで一番の救世主だったのはPickupというチョコ菓子といえるでしょう。普段はあまりチョコ系は与えないようにしていたこともあり、「何だこのおいしい食べ物は!?」と食いついてました。だた、手と口の周りがベチャベチャになってしまうのが欠点。ウェットティッシュはたくさん持っていきましょう。

ウィーン↔ヘルシンキ

2時間のフライトです。飛行機は小型でほぼ満席。一度だけ飲み物がサーブされました。

娘が寝るまではもうまさに地獄のようでした。ヘルシンキではパスポートコントロールで旦那が娘のオーストリアのパスポートを持って先に通過してしまったため、娘がシェンゲン協定内の不法滞在を疑われるw 
教訓としては家族はまとまってコントロールを受けた方がいいってことですね。行きの待ち時間は人も少なかったのでムーミンカフェで少しくつろぐことができました。

帰りの飛行機の出発ゲートが到着ゲートからかなり遠くたくさん歩きました。また、ゲート付近が人で溢れており落ち着くことができませんでした。
飛行機自体も混雑しており、特に前の座席の方々がお酒を飲んでプチパーティを始めたので、娘がいくら眠くても寝られず、ずっと泣いていました。私も眠くて眠くて限界を迎えていたので旦那がひたすら通路をうろちょろ。最後尾の座席が静かで眠ってくれたのですが、空いていたのでそこで座っていても良いかFAに訪ねたところダメと言われたそうです。
これに関しては理由がイマイチわかりません。非常口ならあらためて教えてくれればそれで済むのでは?疲れ切っていた私達は大人気なくぷんぷんしてしまいました。。

ヘルシンキ↔関空

9時間のフライト。我々の他に生後数ヶ月くらいの小さい赤ちゃんを連れたご夫婦と、2人のお子さんを連れたお母さんがいらっしゃいました。

長いフライトでしたが出発がヘルシンキの時刻で夕方だったため、シートベルトサインが消えてから機内が消灯、就寝モードになり、(寝るまで時間は要しましたが)娘が長く寝てくれました。私が抱っこした状態で寝たので起こすのが怖くて私はほとんど寝られませんでしたが。。

帰りのフライトはなんと乗客9人。元取れてるの?と不安になりました。エコノミーの後部分が貸切状態。
快適でしたがなんと娘が下痢をしてしまいました…。去年、娘がフライト中に下痢をしたことを教訓に今回も着替えを持っていっており助かりました。ボディはかなり汚れていたので処分しました。着替えはいくらあってもよいなと感じました。。。

ガラガラでした。

このフライトではみんなやさしいFAさんばかりで、座席の移動も自由でしたし、本来オプションで頼むべきベビーミールをサービスしてもらったり、長いフライトではありましたが、ヘルシンキ↔ウィーンのほうがよほど疲れました。

ベビーベッド(パシネット)を設置してもらうも若干小さかった。

ご飯は合計2回だったのですがコロナの影響か量が少なくなっていたような(?)気がします。成人男性だったら足りないと思います。去年のKLMのほうが機内食は充実していたなぁ。今年はまた変わっているのかもしれませんが。

ちなみに追加料金を払えば軽食を買うことができますが、微妙に高い値段設計でメニューも豊富ではないので注文する気にはなりませんでした。

空港到着から3時間という悲劇

やっとのことで飛行機が大阪に着陸。ほっとしていたのも束の間、ここから長い長いコロナ関連手続きの始まりです。

まずは「同時に到着した便があるので、そちらの登場者の手続きが終わるまでは機内でお待ち下さい」とのアナウンスが流れます。機内でただただ時間がすぎるのを待ち、ようやくOKとのアナウンスが流れ機内から出ます。

エスカレータを登るとまずは通路上にいくつもの小さなブースが。

そこでまずは誓約書にサインします。(我々は家で準備していました)あと、色のついた名札ケースを首から下げるように渡されます。もちろん娘の分もですが、娘は大人用の名札ケースを首から下げられない(長過ぎる)ので、大人が手に持つことになります。

その次に検査です。抗原検査なのか何なのかわかりませんが唾液を採取します。去年は娘を抱っこしながらやりましたが今年は旦那が抱っこしていてくれたので楽でした。

娘は唾液による検査ができないため鼻を綿棒でほじぼじ。もちろんギャン泣きでした。

前回はここで検査結果を待つだけでしたが、今回は違います。

広い空港内をぐるぐるあるき、質問票WebのQRコードのチェックを受けます。誓約書の内容と一致しているか、隔離先の住所の確認等でした。

その次はスマホを見せて、必要なアプリがインストールされているか、通知の設定、GPS機能の設定などを事細かにチェックされます。アプリの説明書も渡されて、説明を受けます。

そしてようやく検査結果の待合室へ。

それまでが長かったのでそこからはそんなに待たなくても結果が出ました。結果が出るとこれまで来た道をまた戻る必要があります。長いしとてもしんどかったです。

辛かった入国審査待ち時間。日本入国は目の前なのに…。

次が入国審査。去年は旦那がいなかったのでふたりとも日本のパスポートを見せて一瞬で通過できましたが、今年はそういうわけには行きませんでした。

でもビザを申請してきたので大丈夫!そう思っていたのですが、、、悲劇。旦那がこれまでに滞在していた国を書き、日本での犯罪歴などを書き、いく千ものサインをし。。。(言い過ぎ)

検査官のブースへそれらの書類とともに行き、戸籍謄本を提出。これで済む、わけもなく、「更に手続きが必要ですのでこちらでお待ち下さい」と言われ、別のカウンターの前で待つことに。

そこには大勢(5人くらい)の外国籍の方も待っていました。(え、、まだ待つの?こんなに待っている人がいるよ??)

一体何をそこまで厳密に見ているのか素人にはわかりませんでしたが、とにかくここでも待たされ、娘がぐずりだし、カオスでした。シールブックも効果なし。旦那も不機嫌。。

ちなみに大人は大丈夫かもしれませんが、自販機が一箇所しかなくしかも小銭を持っていないと駄目なタイプだったので、娘は相当喉がかわいていたようでした。それからずっと手に書類を持ち、もちろん自分の荷物もあるし、娘を抱っこする必要もあるしで、とにかく疲労がたまりきっていたのです。

親切な係員の方がペットボトルを1本くださったので(ありがとうございます!!)首の皮一枚でつながった感じでした。

ようやく呼び出されゲートを通過できたとき、ほんとうにほっとしました。このとき、「何があるかわからないからビザ申請の期間は長めに設定しといたほうがいいよ。」と言われました。(でも申請書に航空会社まで書かなきゃいけないし、正確にしなきゃと思ったんですが、そのあたりは結構変動してもいいのでしょうか??)

あとは税関の検査ですが、われわれは高価なものも禁制品も持ち込んでいないので伝票を提出して終了でした。

ゲートをでて両親にようやく対面できました。着陸からここまで3時間。長い戦いでした。

隔離期間の始まり

隔離期間中はMySOSというアプリを通じて毎日入国者管理センターから入電がありました。

私の場合、1日に1回は人から、もう1回はAIから入電がありました。また毎日健康状態を報告するように通知があります。AIの場合は30秒間顔を録画します。この電話ですがどちらかというと午前中に偏っていたと思います。人からの電話の場合は娘の顔も見せてくださいと言われました。

1階で充電していて自分が二階にいたときや、家事や娘案件でばたばたしていたとき、寝ていたときなどは取れなかったのですが、その時は午後にまたかかってくることが多かったです。(かかってこないこともあった)

さらにタップして現在地を報告してください、という通知が1日最低1回ありました。

旦那は1日2回AIから入電という事が多かったようです。(英語を話す職員がいないから?もし旦那の方に娘を登録していたらどうなっていたんでしょうね。)

以上のようにぎちぎちに監視されているので、かなり窮屈な感じでした。

実家も大きいわけではないので両親と私達3人で5人と1匹(小型犬)で過ごすのはかなり狭かったです。庭があるわけでもないので。。。

両親は孫との再開を心から喜んでくれ、娘も最初は恥ずかしがっていましたが最終的には打ち解けて、おじいちゃんおばあちゃん、ワウワウ(犬のこと)と楽しく遊んでくれていました。(これが唯一の目的と言っても過言ではない!)

私は呪術廻戦の新刊が読めたことと、ハイキューにどっぷりハマり漫画を読み漁ってそれなりにエンジョイできました。結果的にそのせいでちょっと常に寝不足でした。

時差ボケ

私は初日にたくさん寝ましたが、それ以降は特に時差ボケに悩まされることはなかったです。

娘はというと、最初の7日間はかなり夜遅くまで起きていました。その後は9時くらいに寝るようになり、日本のリズムに慣れたという感じです。残念ながら日本のリズムに慣れた頃にまたオーストリアへ帰国なんですが。。去年よりもやっぱり時差ボケは大変そうでした。

なお旦那はほぼ10日間全日程で時差ボケており、昼夜が逆転した生活を送っていたため、かわいそうでした。

終わりに

今回の一番の目的は両親に孫を見せる!っていうことだったので、それは達成され、やってよかったなと思いました。ただ、かなりストレスフルな滞在であったことは言うまでもなく、バカンス感覚で日本を楽しむということはできませんでした。

免許の更新や銀行での手続きなど、やりたいこと、やらなければならないことはありましたが当然達成できませんでした。もちろん自分の計画性のなさが原因なのですが、コロナの状況がどう移り変わるのか、予見できないので仕方なかった面もあります。また、娘が両親に慣れるまでは世話を頼むことができなかったので、もっと育児や家事から開放されるつもりでいましたが、甘かったです。(娘は超がつく人見知りです)

来年もぜひ一時帰国したいですが、今回の反省点を踏まえて改善できる点についてはしっかりと対策を練りたいと思います。

動画もあります

動画の方もぜひご覧ください!

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